Air and Simple Gifts -「簡素な贈り物」ふたたび-
以前、私が翻訳した『最後の宝
』という本の中に、「簡素な贈り物」という歌が出てきた。原題は"Simple Gifts"。
この曲がいま、ちょっとした脚光を浴びている。アメリカのオバマ新大統領の就任式で、"Air and Simple Gifts"という四重奏曲に編曲されて演奏されたのだ。
下の動画で実際に聞いていただけばわかるが、曲の後半が"Simple Gifts"のメロディー。前半はまずイツァーク・パールマンがバイオリンでメローディーを奏で、やがてヨーヨー・マのチェロが加わり(なんという豪華な演奏者陣!)、アンソニー・マギルのクラリネット・ソロになったところで、いよいよここからが"Simple Gifts"。ガブリエラ・モンテロのピアノも本格的に入って四重奏に、という構成だ。
「簡素な贈り物」は以前にも書いたように(当時の6回の記事はこちら)、元々はキリスト教シェイカー派の讃美歌だったものが、さまざまな形で演奏され、歌われるようになったもの。広く知られるようになったきっかけとして、マーサ・グラハムが振り付けたモダン・ダンス「アパラチアの春」の音楽に使われたこともあげられる。
じつは私はいま、アパラチア山中の小さな町を舞台にした物語を翻訳していて、この地域はとても気になる。
ここはきびしい地形的条件のために、ずっとほかの地域から孤立してきた。石炭産業が盛んだったころは、一大炭田地帯として国の発展を支えたが、炭坑で働く人たちは山陰や谷間に粗末な小屋を建ててそこで暮らした。「ホーラー(窪地や谷間をさすこの地方の方言)」は、貧困の象徴だったという。
こうしたことや、歌詞を考えると、この曲が連想させるものは、けっして明るく楽しいものばかりではない。むしろ、真の幸福にたどりつくには、きびしい生活や困難を乗り越えなければ、と示唆しているようにも思える。今回の大統領就任式に選ばれたのは、そうした連想からだろうか。
とはいえ、これだけ広く演奏されてきたということは、アメリカ人の心の奥底にある何かにふれる音楽なのだろう。日本人である私が聞いても、どこかなつかしい気がするのは不思議だ。
最近のコメント