2011年2月 7日 (月)

ロッド・スチュワート『アンプラグド』

ロッド・スチュワート『アンプラグド・アンド・シーティッド』


 ひょんなことからロッド・スチュワートの『Unplugged & Seated 』というライブアルバムがあることを知り、買ってみたら予想以上によかった。ロッド・スチュワートはやはりアンプラグドが似合うし、ロン・ウッドとの競演もうれしいし、なにより選曲がおもしろい。
 ただ、その中の"Highgate Shuffle"という曲を聴いていて、あれっ、この歌詞はどこかで聴いたことがある、と思った。"I was on my way to school/Early one morning";・・・"I was in love with you, baby, before I learned to call your name"。
 そう、このアブナイ恋の始まりを感じさせる歌詞は、ジョー・ウィリアムズがカウント・ベイシー・オーケストラとのアルバムで歌っているのだ。
 でもレコードを出してみると、曲名は"It's A Low Down Dirty Shame"。そこで、この曲名を検索してみると、オリー・シェパードという人が作った曲。ジョー・ウィリアムズの曲は後半がこの歌詞で、前半はエルモア・ジェームズの"Early One Morning"だった。
 なんだかかなりややこしいことになってきたが、早い話がジョー・ウィリアムズはこの二つの曲を一つにして後半の曲名をつけて歌っていたわけで、そういわれればたしかに途中で曲調が変わる部分がある。
 で、ロッド・スチュワートはエルモア・ジェームズの"Early One Morning"の前半を借りて、自分の生地の名ハイゲートを冠したシャッフルを作った。つまり、二人は"Early One Morning"の半分を使って、それぞれ自分なりの曲を作っていたことになる。作者のエルモア・ジェームズはかのジミ・ヘンドリックスも敬愛していたブルースミュージシャンらしいが、それだけカバーごころをくすぐる曲ということだろうか。
 この曲についてはライナーノーツにも「カバー」とは書いてあるだけで、いくら検索しても元曲をはっきり指摘した情報は出てこない。なんだか「新発見」をしたみたいで、うれしくなり、つい書いてしまった。
"Unplugged & Seated"にはこの曲をはじめとして多くのカバー曲が収録されているが、いずれもいかにも
ロッド・スチュワートらしい歌になっているのでぜひ聴いてみていただきたい。トム・ウェイツイが「誰にもカヴァーできない曲を書いたつもりだったんだけどな」と嘆いたという、"トム・トラバーツ・ブルース(ワルチング・マチルダ)"も秀逸だし、ロッド・スチュワートとジェフ・ベックがヒットさせたという"ピープル・ゲット・レディ"もいい。後者はブルースでよく出てくる歌詞の流れだと思ったら、こちらはMusic Pageというサイトになるほどと納得できる説明が出ていた。

| | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月24日 (土)

Air and Simple Gifts -「簡素な贈り物」ふたたび-

Air and Simple Gifts -「簡素な贈り物」ふたたび-

 以前、私が翻訳した『最後の宝 』という本の中に、「簡素な贈り物」という歌が出てきた。原題は"Simple Gifts"。
 この曲がいま、ちょっとした脚光を浴びている。アメリカのオバマ新大統領の就任式で、"Air and Simple Gifts"という四重奏曲に編曲されて演奏されたのだ。
 下の動画で実際に聞いていただけばわかるが、曲の後半が"Simple Gifts"のメロディー。前半はまずイツァーク・パールマンがバイオリンでメローディーを奏で、やがてヨーヨー・マのチェロが加わり(なんという豪華な演奏者陣!)、アンソニー・マギルのクラリネット・ソロになったところで、いよいよここからが"Simple Gifts"。ガブリエラ・モンテロのピアノも本格的に入って四重奏に、という構成だ。



  「簡素な贈り物」は以前にも書いたように(当時の6回の記事はこちら、元々はキリスト教シェイカー派の讃美歌だったものが、さまざまな形で演奏され、歌われるようになったもの。広く知られるようになったきっかけとして、マーサ・グラハムが振り付けたモダン・ダンス「アパラチアの春」の音楽に使われたこともあげられる。
 じつは私はいま、アパラチア山中の小さな町を舞台にした物語を翻訳していて、この地域はとても気になる。
 ここはきびしい地形的条件のために、ずっとほかの地域から孤立してきた。石炭産業が盛んだったころは、一大炭田地帯として国の発展を支えたが、炭坑で働く人たちは山陰や谷間に粗末な小屋を建ててそこで暮らした。「ホーラー(窪地や谷間をさすこの地方の方言)」は、貧困の象徴だったという。
 こうしたことや、歌詞を考えると、この曲が連想させるものは、けっして明るく楽しいものばかりではない。むしろ、真の幸福にたどりつくには、きびしい生活や困難を乗り越えなければ、と示唆しているようにも思える。今回の大統領就任式に選ばれたのは、そうした連想からだろうか。
 とはいえ、これだけ広く演奏されてきたということは、アメリカ人の心の奥底にある何かにふれる音楽なのだろう。日本人である私が聞いても、どこかなつかしい気がするのは不思議だ。

| | | コメント (2) | トラックバック (1)