中田耕治先生の追悼文と『片隅の人たち』
恩師、中田耕治先生の追悼文を書いた。先生の公式サイト中の「追悼文庫」に収められている。翻訳者として活躍中の多くの仲間たちの文章も載っているので、のぞいてみていただけたらうれしい。 この追悼文を書きながら、私は常盤新平さんの短篇集『片隅の人たち』をしきりに思い出していた。この自伝的短篇集には、実在した翻訳家や編集者をモデルにした人物がおおぜい出てくる。そのなかで「村山さん」という翻訳家は中田先生がモデル、というか、中田先生そのものだ。
とくに、村山さんが主人公に褒め言葉とも皮肉ともとれる言葉をかけるあたり。主人公はこういうときはいつも皮肉ととることにしているものの、もしかしたら案外本気で言われたのかもしれないとも思っている。そして、そのあとの場面では、村山さんの師としての愛情をしみじみと感じるのだ。このあたりが、もうまさに中田先生!
先生はそういう褒め言葉をよく弟子たちにかけられた。いま思うと、あの大げさすぎて皮肉としか思えない褒め言葉は、弟子ひとりひとりにあふれんばかりの愛情を持っていらした先生の、江戸っ子らしい照れのあらわれだったのかもしれない。
常盤さんはほんとうは、真っ先に中田先生のことを語っていただきたい作家・翻訳家だったが、10年近く前に亡くなってしまわれた。それでも、こうして本を開けば、昔から変わらぬ中田先生のお姿がよみがえってくる。しかも小説の世界の中で。ちょっと不思議。そして、なんと贅沢なことか。
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