モーパッサンの短篇
11の短篇からなるローレン・グロフ作『丸い地球のどこかの曲がり角で』の最後を飾るのは「イポール」。筆者によく似たアメリカ人の女性作家がフランスに渡ってモーパッサンの足跡をたどる話だ。主人公は彼の作品に強い思い入れを持っているが、人間性は疑い、あまり芳しくないエピソードまで紹介している。モーパッサンが役所勤めをしていたころに悪友とつるんで同僚をいじめたという話で、私も訳しながらその部分にはかなり引いてしまった。だが、主人公はそれでもモーパッサンの初期のころの作品は大好きだという。その気持ちを知りたくて、初期の短篇を中心に、いくつか読んでみた。
すると、これが無類のおもしろさ。翻訳を放り出して読みふけりたくなったほどだ。モーパッサンは300作にのぼる短篇を書いていて、私が手にした春陽堂書店の『モーパッサン全集3巻』(短篇は第2巻と第3巻)にはそのほとんどが収録されている。この全集は1965年~66年に出版されたもので絶版だが、図書館などでは置いているところもあるようなので、モーパッサンの短篇を本格的に読んだことがないという方はぜひ読んでみていただきたい。かく言う私も、恥ずかしながら「ジュールおじさん」と「脂肪の塊」くらいしか読んでいなかった。
もう少しコンパクトなものでは、同じ訳者による新潮文庫『 モーパッサン短編集全3巻』がある。ほかに、3つのテーマで20篇の作品を集めたちくま文庫の『モーパッサン短篇集』(これもよかったが絶版らしい)や、岩波文庫の『モーパッサン短篇選』、光文社古典新訳文庫の『モーパッサン傑作選』全3冊も。
ちなみに、『丸い地球のどこかの曲がり角で』の著者のローレン・グロフは、フランス留学中に読んで以来、モーパッサンの作品を愛し、「脂肪の塊」の翻案作品まで書いている。”Delicate Edible Birds”という短篇で、これは彼女の第一短篇集の表題作でもある。
じつはグロフは2017年に、モーパッサンをテーマにした長篇を出す予定だったらしい。原稿も仕上がっていたが、最後の最後になって、いま刊行すべき作品ではないと考えて断念したという。ちょうどトランプ政権が発足したころのことだ。そう思って、左上の短篇初出年表中の最後近くにある「スネーク・ストーリーズ」と「イポール」を読むと、そういうことだったのか、と腑に落ちる箇所が多々あって興味深い。
著者はこの二作品および「犬はウルフッ! と鳴く」を書くうちに、2011年から18年の間にThe New Yorkerを中心に発表してきた短編をフロリダというキーワードでまとめて、短篇集に仕上げたらどうかと考えはじめたという。
ちなみに「イポール」は、長篇刊行を断念した直後にイギリスのGranta誌(139 : Best of Young American Novelists)に発表されたのが初出だが、短篇集収録にあたって、ほかの作品とは比べものにならないほどたくさんの加筆が行なわれている。その多くがモーパッサンに関するものだ。
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