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2009年4月12日 (日)

『風の靴』

『風の靴』

 朽木祥 作『風の靴』を読んだ。(画像からBK1、文字列からAmazonの、購入サイトにリンク
 主人公は、いつも兄とくらべられ、そのプレッシャーに押しつぶされそうになっている少年、海生(かいせい)。彼は大好きなおじいちゃんが急死したのをきっかけに、家出を決行する。同行するのは、愛犬と親友という気心の知れた一匹と一人……だけのはずだったが、親友の幼い妹が兄たちの冒険を嗅ぎつけてあらわれ、強引に仲間に加わる。そして、もう一人、波間を漂流していた謎の男性も。四人と一匹は、おじいちゃんのヨットが係留してある風色湾をめざし、さらにおじいちゃんが宝箱を埋めたという秘密の入江へ――。
 海生は、思いがけなく出会ったおじいちゃんの言葉と、仲間の存在に支えられて、自分の行くべき道を発見するのだが、読み終わったいま、深く心に残っているのは、この作品に描かれている海のすばらしさだ。朝焼けに照らされた湾の静けさ。秘密の入江でのキャンプファイアーで、みんなが入っていってワンワン・ざぶざぶと駆けまわる浅瀬の水のきらめき。海生はほんとうは、こうした海と対話することで、自分を見いだしたのかもしれない。
 海というと、海水浴のビーチしか思い浮かばないわたしだが、ヨットに乗る人の陸地でのそれとはちがう視線と、彼らが体験するであろう「時間」の流れを、うらやましく思った。
 ちなみに、作品の冒頭から海生の思いの中で、影のように重圧を与えつづける兄が、最後に登場して、海生にはうれしい告白をする。
 画面トップの書影はリンクのためにのウェブ書店のものを使ったが、表紙の美しさを十分に伝えられないのが残念。ぜひ、書店で実物を手にとって見てほしい。ついでに、そっと表紙のカバーをめくってみると――なんとも贅沢な装丁があらわれる。これは、かなりうらやましかった(笑)。
 朽木祥さんといえば、『かはたれ』『たそかれ』『彼岸花はきつねのかんざし』といったファンタジーで知られるが、これはリアリズムの長編第一作。この作品には、主人公以外にもさまざまな物語をもった人物が登場するので、今後彼らの物語がくわしく読める日がくるのかもしれない。期待して待ちたいと思う。

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コメント

さかなさん
トラックバック、ありがとうございました!
わたしは海の描写が一番印象的だったので、それを中心に書きました。
でも、人間同士のぶつかりあいでぐっとくる場面もたくさんある作品でしたね。
内容を書いてしまうと、読む楽しみを削ぐことになりそうなので、がまんしておきますが。

投稿: t-mitsuno | 2009年4月13日 (月) 00時37分

トラックバックさせていただきました。

「ベルおばさんが消えた朝」、私の通り道の本屋はどこも入荷してませんでした。

もうちょっと足を伸ばしてみます。

投稿: Grog | 2009年4月13日 (月) 21時53分

Grogさま

トラックバックとコメントをありがとうございました!
『ベルおばさんが消えた朝』、お近くの本屋さんに入っていませんでしたか。
ときどき、知り合いから言われるんですよね。この前聞いた本、本屋さんにはなかったですよ、って。
ゆくゆくは、全国津々浦々のどんな小さな書店にも、かならず置かれるような本を訳したいものです(笑)。

投稿: t-mitsuno | 2009年4月13日 (月) 22時15分

こんにちは。海のきらめきを感じて、心がすうっとさわやかになる物語でした。私も、海というと、海水浴ぐらいしか縁がなくて。海生の海とのかかわり方が、うやらましくて仕方なかったです。
登場人物たちが、たくさん物語を持っているのが伝わってきましたね。その背景の深さが、この輝きを生み出しているのかも・・と私も思いました。
ぜひ続編も読みたいものです。

投稿: ERI | 2009年4月13日 (月) 23時32分

ERIさま
TBとコメント、ありがとうございます。
同感、同感! わたしも、続編を読みたいです。

投稿: t-mitsuno | 2009年4月14日 (火) 08時58分

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» 風の靴 [1day1book]
 『かはたれ』、『たそかれ』と、たぐいまれなファンタジーを紡いでくれた朽木祥さん [続きを読む]

受信: 2009年4月12日 (日) 22時08分

» 風の靴 朽木祥 講談社 [おいしい本箱Diary]
少年の日々の、輝くような、三日間。 先日読んだ「ベルおばさんが消えた朝」に、 死ぬ前に、もういちどだけ過去に戻っていいと 思える一日・・というような言葉がありましたが。 この物語の主人公・海生と、その親友の田明が 過ごした、この三日間は、きっとそんな時間 だったろうと思います。大阪の片隅で、この物語を 読みながら、私の心は鎌倉の海に飛んでおりました。... [続きを読む]

受信: 2009年4月13日 (月) 23時24分

» 「風の靴」朽木祥 [Grog is not a frog]
先週出版された、朽木祥さんの新作です。 私の地元の小網代も出てくる、小帆船と少年たちの物語です。 主人公の海生(かいせい)は中学受験に失敗して地元鎌倉の中学に通っている一年生。鬱屈した気持ちをもてあまして、幼馴染の田明と家出を計画します。なんと、ヨットマン... [続きを読む]

受信: 2009年4月14日 (火) 06時39分

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