2009年5月29日 (金)

片岡まみこ版画展「黒猫のいるところ」

Photo  本の挿し絵でご活躍の、片岡まみこさんの個展を見てきた。題して「黒猫のいるところ」
 片岡さんはコルク人形も作っておられるようだが、今回は版画展。しかも、猫、猫、猫――見ていてやさしい気持ちになれる版画ばかりだ。
 とくに好きだったのは「黒猫がいない日」という作品。いくつもの大輪のお花のど真ん中に、白猫の顔が描かれていて、その顔の表情がなんとも微妙(に見えたのは、猫のことがよくわかってないせいか)。わたしはどちらかというと犬派で猫は謎の動物なのだが、こういう猫たちを見た後、出会った本物の猫が、なぜかいつもより表情豊かに見えた(笑)。
 そして、ギャラリー・マァルもすてきな画廊だった。恵比寿の駅からすぐなのだけれど、とても駅前とは思えない靜かな小路にある。しかも、大きなあじさいの陰にかくれるようにして。雨に濡れたあじさいのあいだをすりぬけて中に入ると、ちがう時間の流れる場所にまぎれこんだような気さえする。
 会期は31日(日)までと残り少ないが、お近くにお住まいの方、猫がお好きな方、いえ、そうでない方も、ぜひ行ってみてください。
 なお、片岡さんが挿し絵を担当された一番新しい本『ぼくのネコにはウサギのしっぽ 』は、会場で買うことができる。
 これは朽木祥作の、猫と犬をめぐる物語3作品をおさめたもの。朽木さんといえば、動物を書かせたらおもしろいことまちがいなしの作家なので、わたしは迷わずゲット(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2006年3月16日 (木)

上塗り!

「もしかしたら上塗りという修正法は、僕のとんでもない悪癖なのかもしれない」(ドキッ!)
「僕としては、あくまでも絵を『傑作』にしたいと粘っているつもりなのだけれど、ときには『もうこれで充分』という絵にもさらに上塗り修正を加えてだいなしにしてしまい、あとで後悔したりすることもある」(うん、あるある)
 いずれも
『ミヒャエル・ゾーヴァの世界』からの引用です。いやあ、人ごととは思えませんでした。
 文章の場合は、ファイルとして残しておくことができますので「だいなし」と言っても、元に戻すこともできるのですが、それにしても、われながら、ブログにまでいつまでも「上塗り」を加える必要はないと思うんですがねえ。と言いながら、またやっちゃいました。ゾーヴァじゃないけれど、これはもう悪癖以外のなにものでもありませんね。どこを変えたのは、精読してくださっている方のみぞ知る。そんな人、いるわけない(笑)?

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2006年3月13日 (月)

ミヒャエル・ゾーヴァの世界展、じつは

 2月はじめから書いているミヒャエル・ゾーヴァの世界展。じつは、『ちいさなちいさな王様』と『思いがけない贈り物』にコメントを寄せてくださった、やまねこ翻訳クラブのめいさんに紹介されて見に行ったものでした。やまねこのインタビューの際、半分冗談に「逆取材させてもらうかもしれませんからね」といっていたのですが、予告どおり、取材側のめいさんから逆に貴重な情報をいただいて帰ってきたというわけです。
 展覧会はわずか6日間で、私が行ったときはたくさんの入場者が原画に顔をくっつけるようにして見入っていました。たぶんみなさん、この展覧会を長年待ち望んでいたのでしょう。ゾーヴァ初心者の私はなんとなくけおされて、一枚一枚をゆっくり見ることができませんでした。でも、その分いま、本になった『ミヒャエル・ゾーヴァの世界』を見て楽しんでいます。
4062129043  この本には、さし絵以外のゾーヴァの絵もたくさんのっています。池にむかってブタが飛びこむ瞬間を描いた「ケーラーの豚」など、おもしろい絵ばかりで、見飽きることがありません。あたたかい感じの絵が多いいっぽうで、ベルリン子らしい諧謔味のある絵も。
 また、この本のなかでゾーヴァ自身が語っているのですが、ゾーヴァは、友人の発案でポストカード用の絵もかなり描いたようです。百町森というサイトでは、さし絵からおこしたものをふくめて
、さまざまなポストカードを買うことができます。上の店名のリンクはさし絵のページで、そこから、さし絵以外のカードのページにも行けます(『エスターハージー王子の冒険』に掲載したリンクは古くなっているようです)。ポストカードの右にある顔のマークをクリックすると、画像を大きくして見ることもできますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2006年2月20日 (月)

ポエトリー・アーカイブ

 大学時代の友人で、新聞の記者をやっているY.S.さんが紙面で「ポエトリー・アーカイブ」を紹介(毎日新聞記事)。簡単に言うと、詩人自身の声で朗読された詩を聞くことができるサイトです。
 ギンズバーグや、古いところではなんとテニソン(1892年没)の朗読もおさめられていますが、私がいそいそとこのサイトにアクセスしたのは、ブラウニングの朗読が聞けないだろうかと思って、でした。
 ロバート・ブラウニング、1889年没。『クリスマスの幽霊』のなかに、ウェストールが彼の詩、「彼らはいかにしてよきしらせをゲントからエックスにもたらしたか」に言及した部分があって、注をつけるのに苦労したからです。
 この詩は、
ベルギーのゲントを発った三人の使者が、つぎつぎに馬を乗りつぶしながら、南仏のエックスにたどりつき、よきしらせをもたらす、という内容です。訳注では、「よきしらせ」というのが何のしらせなのかを書きたかったのですが、いくら調べても出てこない。当然、詩そのものもなんども読みましたが、やっぱり書いてない。
 困っていたところ、ネット上に、同じ疑問をもって調べた人の文章が出ていました。その人は、いろいろと文献を調べた結果、「ブラウニングが書きたかったのは、馬が駆けるリズムそのもの。史実を伝えようという意図はない」とわかったというのです。つまり「よきしらせ」は、このリズムを出すための方便、なんでもいい、というわけです。そ、そんなあ!
 でも、詩って、そういうものかもしれませんね。妙に納得したのでしたが、アーサー・シモンズという人が書いた『ブラウニング詩作品研究への手引き(松浦美智子訳)』によると、「よきしらせ」は暗に「ゲントの講和のそれを意図」しているとのこと。詩が書かれた年代から推測すると、1814年、"第2次英米戦争"を終結させた「ガン(ゲントの別読み)条約」のことみたいです。
 へええ、"第2次英米戦争"なんてものがあったんですね。またまた、
(こんどは自分の無知に対して)びっくり! ヨーロッパでナポレオンに対する戦争がつづいているあいだに、海上貿易と先住民族追い出しにからんで、アメリカがイギリスに対して起こした戦争だそうです。
 そして、この本の著者は書いています。「私が思うに、この最も感動させるバラードを、息もつかせぬ感情を持って読んだことのない少年は、ほとんどいないだろう。」これはとてもよくわかりました。馬の駆けるスピード感、つぎつぎに馬と使者が力尽きてゆく緊迫感、そしてヒロイズム。いつか、この詩の朗読を聞けたら。そのとき、私はそう思ったのでした。
 それが、詩人本人の声で聞けるなんて! そう、たしかに聞けました。ところが……またまた、詩人の肩すかしをくうことになったのですが、それを書いてしまうのも無粋な話なので、
どうぞご自分で「ポエトリー・アーカイブ」をのぞいてみてくださいませ。ブラウニングの朗読は、右の方にある索引の「B」をクリックすると出てきます。どうやら、インターネット・エクスプローラでないと音が出ないみたいですが。(←これは私の勘ちがいみたいです。FireFoxをご使用の方はコメントのやりとりをご覧ください。)
 The Children's Archive も、とてもいいです!

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|